POSTED Thursday, June 21, 2012 22:37
エジプト旅行記⑪ 10月30日 後編
エジプト旅行記①〜⑦→2010/11/6〜11/30
エジプト旅行記⑩→2012/1/5
エジプト旅行記⑫→2012/9/19
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もう随分と更新してないエジプト旅行記。だいぶ長いこと王家の谷で足踏みしてるけど、今でも自分の汗のしみ込んだTシャツと乾いた土の匂いを、ついさっきのことのようにはっきりと思い出せるから、まだ続きは書けるっしょー。てことで再開です。
エジプト旅行記⑪ 10月30日 後編
保全作業のために未公開となっていたネフェルタリの墓の入り口で、数瞬の間物思いにふけった後、王家の谷を後にした。
タクシープールまでの半マイルほどを早足で歩きながらふと気づいたのだけど、エジプトにはちゃんとしたタクシーと、そうじゃない非公式なタクシー、俗に言う白タクがあるのかもしれないな。そんでもって俺は白タクにばっかり乗ってる気がする。だって俺が雇ったタクシーは一度だって観光施設のタクシープールに入って来ないもん。行きはいっつもゲートが見えるちょっと遠くで「あそこが入り口だ」つって降ろされるし、迎えはいっつも奇麗なタクシーがいっぱい止まってるタクシープールを通り過ぎて、ゲートを出たとこで怪しげに待っている。うーん、こういうのも気づかないもんだなあ。目に見えているものの本当の姿がちゃんと見えるようになりたいぜ。
なんて思いながら、敷地の外まで歩いて行くと、息子のモハメッド君(前回途中で名前変わってましたね)が一人ポツンと座って小石遊びをしてるのが目に入った。とうちゃんはどこいったの?って英語で聞いてももちろん会話はできないんだけど、不思議なもんでお互いなに言ってるかは雰囲気で大体理解できて、しかもあんまり間違ってなかったりするはず。雰囲気で会話した内容を言葉にすると、
「とうちゃんは今ちょっといないんだけど、すぐ戻ってくるからさ。」
「へー、いっそがしいんだなあ。いっつもこうやって仕事手伝ってんの?」
「へへへ。まあね。でも大丈夫だからね。とうちゃんはすげえ運転手だから。他のやつらとは違うんだよ。」
そこに他のドライバーが「あんちゃん、どこまで行くんだい?」なんて割り込んで来ると、
「この人はとうちゃんのタクシーに乗ってんだ!お前なんかお呼びじゃないんだよ!」
と強気のモハメッド君。この小さなボディーガードはこちらをくるりと振り返ると、まったくこういうやつらにはまいっちゃうよ、といった表情で肩をすくめてみせるのだ。たくましーぜ!
モハメッド君との石ころ遊びが始まって5分ほど経ったたころ、仏頂面のアフメッドが運転するアフメッド号が砂埃をあげて戻って来た。さあ、イーストバンクに戻って昼飯にしよう。
船着き場へ到着したのが午後2時半。バスは4時出発だから少し時間があるな。アフメッドさんありがとう。120ポンドだっけか。ああ、その前に俺も感想書くからあんたのあのノートを貸してくれ。「え?書くの?いや、書かなくてもいいんじゃないかな?」っていうその顔はなに?別に変なこと書かねえって。「うんー、でもお、まあー、書かなくてもいいんじゃないかなあ」みたいなその顔やめろって。さてはこのノートもあれか。やらせか。俺はまたもやだまされたのか。えーと、アフメッドさん、ありがとう、っと。
ポンド紙幣を取り出そうとする財布の隙間から残っていたドル紙幣がチラリと見えたのか、安定の無表情だったアフメッドさんの瞳が輝いた。
「お前、ドル持ってるのか?」
「おあん?ああ、持ってるけど、10ドルくらいしかなくってさ。足らないんだよ。」
「できたらドルで払ってくれ。」
「だから足りないんだってば。」
エジプトでは自国の通貨よりUSドルが重宝される。ムバラク政権は外貨獲得に熱心だったからなあ。(それにしても基軸通貨だから困ったら増刷すりゃいい、ってのもすごい話だよね。)
「銀行に行けばドルで引き出すこともできるけど。」
「じゃあ向こう岸に銀行があるから、そこで引き出してドルで払ってくれ。」
「いいけどさ、俺こっち岸に戻って来る時間ないぜ。」
「問題ない。一緒に渡るから。」
「ふーん。でもあんた船賃のぶん損するんじゃねーの?」
「我々はこの船はタダだ。」
「ずっりー」
ちょうど現金が足りなくなって来てたからまあちょうどいいや。銀行でエジプトポンドとUSドルをいくらか手に入れると、アフメッドに約束した20米ドルを手渡した。銀行から船着き場を挟んで反対側にあるルクソール神殿に向かって歩き出すと、帰りが同じ方向のアフメッド親子も並んで歩き始めた。
「バクシーシ。」
「はい?」
「バクシーシだ。」
イスラム圏にはバクシーシ=喜捨(喜んで捨てる→お金のある人が無い人に自ら施す)という習慣がある。この場合はチップをよこせ、ぐらいの意味だけれど。
「俺はたった今まであんたの客だった男で、その料金を今まさに払い終えたとこだぜ。その関係が終了した瞬間にバクシーシってそりゃあがめついぜ。」
癪に障ったわけじゃないけど、ただちょっと寂しくなってそう言ってしまった。
「じゃあ、この子の報酬を払え。」
そう言う父親を見るモハメッド君の目は、少し悲しそうというか、やめろよとうちゃんそういうの、とか言った、子供の顔に浮かぶのはあまり嬉しくない複雑なものだった。まあそう言われちゃあな、って顔で5ドル札を手渡した。バクシーシに応えていても、モハメッド君のギャラは別で要求されたんだろう。
エジプトの子供達が旅行者を大好きな理由は、キップが良く、イスラムの習慣にもとらわれず、笑顔でカラフルな服を着て、そういう子供達にたまらなく優しく接するからだろうと思う。だがやがてこの子も世界の不公平さに気付き、ただ生まれた国が違うというだけでエジプトの国中を旅することができるほどのお金を持っている先進国の人間に対して、父親の行うこういった行為を、合理的で正当なものとして受け入れるようになるだろう。そのときのアフメッド君はもしかしたら、今のような輝く瞳を旅行者に向けてはくれないのかもしれない。
こうしてルクソールの観光は終わりを迎えた。バスの時間まではルクソール神殿を外から眺めたり、マックのハンバーガーをほおばったりして過ごしていた。この神殿には本来左右一対になったオベリスクがあったのだが、現在右側の一本はパリのコンコルド広場に立っている。そう言えばイギリスの大英博物館にはスフィンクスのあごヒゲがあったっけ。イギリス人の友人が「大英博物館には俺たちの先祖が世界中で略奪したお宝が展示されてるのさ。」って言ってたのをなんとなく思い出していた。
オアシスに向かったときのバスよりは、ほんの少しだけど広くて清潔なバスに乗り込み、いよいよ念願の紅海はハルガダへと旅立った。驚くべきことに時刻通り午後4時に発車したバスに同乗していたのは、ロシアからの2家族と、単独旅行のヨーロッパ人女性推定50代、その女性を熱心に口説いている白人男性に、エジプト人男性と白人女性のカップル、そしてその彼にひたすら悪態をついているその女性の娘。
一人旅を続けていると、突然の孤独感に襲われるなんてーことは、名前の知らない花に出会うよりも頻繁に起こる。しかしそれはスコールの降りしきる熱帯雨林で叫び声を上げながら、服も脱がずに野池に飛び込む瞬間の無限の自由と比べればとても瑣末で、顔見知りの集団の中で感じる強烈な孤独よりははるかになんてことない。このバスの中でもそういう気分だった。
バスは思っていたよりも遥かに長い時間走り続け、最初の休憩所についた時には砂漠地帯特有の、星達の輝き以外全てを黒く塗りつぶしたような夜になっていた。長時間殻にこもっていたためかささくれはじめていた自分の心の扱いに手を焼きはじめたころ、ロシア人の少年が、トイレに向かった母親の姿が見えなくなった頃合いを見計らって、驚くほど流暢な英語で話し掛けてきた。
「ねえ、ハルガタに行くの?」
「え?うん。そうだよ。君たちもそう?」
「うん。お父さんがハルガダで働いてるんだ。一週間ぐらい行くんだよ。ねえねえ、○○○って知ってる?」
「いや、わかんない。それなに?」
「僕ね、最近できるようになったんだよ。あのね...」
子供達っていうのはどうしてこうも人を癒すのだろう。この子達に見えていて、聞こえているものが大人になるに従って見えなく、聞こえなくなるのはどうしてなんだろう?この旅はほんとうに子供たちに癒されたー。後天的に獲得する価値観が、かれらのこの魔法を上書きしてしまわないことを願うばかりです。
バスは再び走り始め、暗闇の地平線に街らしき灯りが浮かび上がる瞬間を心待ちにしながら、ひとつ後ろの席のヨーロッパ人女性からムバラク政権の圧政ぶりを聞かせてもらうことができた。世界がもっとこの問題に目を向けて、外的効力を持って立ち向かわないといけないと彼女は言っていた。実際に自国の大使館に通い現状を訴え続けている彼女の発言には、とても説得力があったのを覚えている。奇しくも、日本に帰国してほどなく、決起した民衆の手によってムバラク政権は倒されることになるのだが。
夜もすっかりと更けて午前0時をまわったころ、漆黒の地平線に突然、巨大な宮殿のようなリゾートが居並ぶハルガダの街並みが現れた。個々のリゾート施設がまるでディズニーランドなみの規模を持っていて、なんじゃこりゃああああ、なんて思ってるうちに、ついに今回の旅の最終地、ハルガダのバスロータリーに到着した。メトロ帽を被りながらバスを降り、すっかり硬くなった腰やじんじんと痛む尻をさすりながら辺りを見渡すと、ちらほらとタクシーが見えたのでそんなに焦ることもないかとベンチに腰を降ろした。一分とたたずにエジプト人男性が話しかけてきたのは予想通り。
「ウホン。あー、俺はここのバスロータリーの責任者だ。これからどこに行くんだ?」
本人もさすがにこの嘘には無理があると思ってるのか、若干自信なさげだ。
「はっはっは。あんたが責任者?俺にはそうは見えないな。」
噂に聞こえた悪名高きハルガダのバスロータリーでは思っていたほどめんどくさいことにもならず、料金メーターのついたちゃんとしたタクシーを見つけて乗り込むことができた。助手席に座ると空車、賃走、回送を表示するためのボタンもついている。おおお、やっとまともなタクシーだー!
「どこまで行くんだ?」
「〇〇ってホテルに連れてって欲しいんだ。(地球の歩き方で安めのホテルを調べたぜ!)」
「わかった。」
そう言うと、こやつは空車表示のまま車を発進させた。まーそうなるよねー。
「おい。ちゃんとメーター回せよ。」
「メーターってなんだ?」
「それだよ。そこにある機械。ちゃんと賃走ボタン押せや。」
「どれだ?うん?ボタン?これか?これのことか?」
とか言いながら空車と回送を交互に押し始める、そのすっとぼけぶりには頭が下がる、けども!
「これを押してくれって言ってるんだよ。」
つって横から強引に賃走ボタンを押してやると、はあああ、なにすんだようって感じで値段交渉が始まった。車はかなりのスピードで走ったままだ。
「わかったわかった。じゃあいくらなら払うんだ?」
「20ポンドかな。」
これは地球の歩き方に乗っていたホテルまでの平均的な運賃。もちろん本が編集されたときと今が同じということはないんだろうけど、他にソースがないからしょうがない。
「20ポンド??冗談言うなよ。そんな金額でホテルまで送って行くタクシーなんていないぜ!」
「さあどうかな。いやならここで降ろしてくれよ。とにかく20ポンドしか払わないよ。」
「お前わかってないぜ。だいたいどのタクシーでもそこまで100ポンドはかかるんだ。こっからそのホテルまではかなり遠いんだ。」
「冗談じゃない。地図でみたけどほんの5kmぐらいじゃないか。」
「いやいやお前は間違ってる。もっと全然遠いんだ。」
車をかなり減速させて、低速で路肩によせながら交渉は続く。でも決して止めはしないんだな。なるほどな。
「じゃあ80ポンドでどうだ?」
「うるっさいなあ。ぜったい20ポンドだ。連れて行くか行かないかはあんたが決めてくれ。」
「いやしかし・・」
もうええわい!と走行中の車のドアを開けて、
「降りるわ。他のタクシーつかまえる。」
そう言って体半分ぐらい外に出たところで背後から「わかった!わかったよ!20ポンドだな?わかったから!」と言う声が聞こえた瞬間に、交渉は成立した。ちなみに本当に降りるつもりでした。:-)
結局のところホテルに到着したときの料金メーターは、20ポンドを少し下回る数字を表示していた。助手席を降りてドアを閉めると、窓の外から20ポンド紙幣と10ポンド紙幣、計30ポンドを見せつつ
「5ポンドはチップだよ。先に5ポンドのお釣りをくれ。」
と言うと、男はにやりと笑い、5ポンド紙幣を差し出した。これがこの旅で初めて、正規の値段で何かを購入できた瞬間だった。やったぜー!
チェックインを済ませると、通りを挟んだ向かいの小綺麗なレストランに入り、マルガリータと、よく知った洋食を頼んだ。アルケミストを読み進めながら暖かい食事を取り、翌日のために水着とビーチサンダルを買って部屋に戻ると、コンビニで買った缶ビールを開けて一口すすり、両開きで海向きの大きな窓とカーテンを目一杯開けた。久しぶりの潮の香りと心地よい風が部屋を満たし、ランダム再生していたiTunesから優しい歌が聴こえてきたその瞬間、突然に、涙がぽろぽろとこぼれた。
今、俺は間違いなくここで生きている。
エジプト旅行記⑩→2012/1/5
エジプト旅行記⑫→2012/9/19
=================================
もう随分と更新してないエジプト旅行記。だいぶ長いこと王家の谷で足踏みしてるけど、今でも自分の汗のしみ込んだTシャツと乾いた土の匂いを、ついさっきのことのようにはっきりと思い出せるから、まだ続きは書けるっしょー。てことで再開です。
エジプト旅行記⑪ 10月30日 後編
保全作業のために未公開となっていたネフェルタリの墓の入り口で、数瞬の間物思いにふけった後、王家の谷を後にした。
王家の谷
撮影禁止なので出口から振り返って一枚。
撮影禁止なので出口から振り返って一枚。
タクシープールまでの半マイルほどを早足で歩きながらふと気づいたのだけど、エジプトにはちゃんとしたタクシーと、そうじゃない非公式なタクシー、俗に言う白タクがあるのかもしれないな。そんでもって俺は白タクにばっかり乗ってる気がする。だって俺が雇ったタクシーは一度だって観光施設のタクシープールに入って来ないもん。行きはいっつもゲートが見えるちょっと遠くで「あそこが入り口だ」つって降ろされるし、迎えはいっつも奇麗なタクシーがいっぱい止まってるタクシープールを通り過ぎて、ゲートを出たとこで怪しげに待っている。うーん、こういうのも気づかないもんだなあ。目に見えているものの本当の姿がちゃんと見えるようになりたいぜ。
なんて思いながら、敷地の外まで歩いて行くと、息子のモハメッド君(前回途中で名前変わってましたね)が一人ポツンと座って小石遊びをしてるのが目に入った。とうちゃんはどこいったの?って英語で聞いてももちろん会話はできないんだけど、不思議なもんでお互いなに言ってるかは雰囲気で大体理解できて、しかもあんまり間違ってなかったりするはず。雰囲気で会話した内容を言葉にすると、
「とうちゃんは今ちょっといないんだけど、すぐ戻ってくるからさ。」
「へー、いっそがしいんだなあ。いっつもこうやって仕事手伝ってんの?」
「へへへ。まあね。でも大丈夫だからね。とうちゃんはすげえ運転手だから。他のやつらとは違うんだよ。」
そこに他のドライバーが「あんちゃん、どこまで行くんだい?」なんて割り込んで来ると、
「この人はとうちゃんのタクシーに乗ってんだ!お前なんかお呼びじゃないんだよ!」
と強気のモハメッド君。この小さなボディーガードはこちらをくるりと振り返ると、まったくこういうやつらにはまいっちゃうよ、といった表情で肩をすくめてみせるのだ。たくましーぜ!
モハメッド君との石ころ遊びが始まって5分ほど経ったたころ、仏頂面のアフメッドが運転するアフメッド号が砂埃をあげて戻って来た。さあ、イーストバンクに戻って昼飯にしよう。
船着き場へ到着したのが午後2時半。バスは4時出発だから少し時間があるな。アフメッドさんありがとう。120ポンドだっけか。ああ、その前に俺も感想書くからあんたのあのノートを貸してくれ。「え?書くの?いや、書かなくてもいいんじゃないかな?」っていうその顔はなに?別に変なこと書かねえって。「うんー、でもお、まあー、書かなくてもいいんじゃないかなあ」みたいなその顔やめろって。さてはこのノートもあれか。やらせか。俺はまたもやだまされたのか。えーと、アフメッドさん、ありがとう、っと。
ポンド紙幣を取り出そうとする財布の隙間から残っていたドル紙幣がチラリと見えたのか、安定の無表情だったアフメッドさんの瞳が輝いた。
「お前、ドル持ってるのか?」
「おあん?ああ、持ってるけど、10ドルくらいしかなくってさ。足らないんだよ。」
「できたらドルで払ってくれ。」
「だから足りないんだってば。」
エジプトでは自国の通貨よりUSドルが重宝される。ムバラク政権は外貨獲得に熱心だったからなあ。(それにしても基軸通貨だから困ったら増刷すりゃいい、ってのもすごい話だよね。)
「銀行に行けばドルで引き出すこともできるけど。」
「じゃあ向こう岸に銀行があるから、そこで引き出してドルで払ってくれ。」
「いいけどさ、俺こっち岸に戻って来る時間ないぜ。」
「問題ない。一緒に渡るから。」
「ふーん。でもあんた船賃のぶん損するんじゃねーの?」
「我々はこの船はタダだ。」
「ずっりー」
ちょうど現金が足りなくなって来てたからまあちょうどいいや。銀行でエジプトポンドとUSドルをいくらか手に入れると、アフメッドに約束した20米ドルを手渡した。銀行から船着き場を挟んで反対側にあるルクソール神殿に向かって歩き出すと、帰りが同じ方向のアフメッド親子も並んで歩き始めた。
「バクシーシ。」
「はい?」
「バクシーシだ。」
イスラム圏にはバクシーシ=喜捨(喜んで捨てる→お金のある人が無い人に自ら施す)という習慣がある。この場合はチップをよこせ、ぐらいの意味だけれど。
「俺はたった今まであんたの客だった男で、その料金を今まさに払い終えたとこだぜ。その関係が終了した瞬間にバクシーシってそりゃあがめついぜ。」
癪に障ったわけじゃないけど、ただちょっと寂しくなってそう言ってしまった。
「じゃあ、この子の報酬を払え。」
そう言う父親を見るモハメッド君の目は、少し悲しそうというか、やめろよとうちゃんそういうの、とか言った、子供の顔に浮かぶのはあまり嬉しくない複雑なものだった。まあそう言われちゃあな、って顔で5ドル札を手渡した。バクシーシに応えていても、モハメッド君のギャラは別で要求されたんだろう。
エジプトの子供達が旅行者を大好きな理由は、キップが良く、イスラムの習慣にもとらわれず、笑顔でカラフルな服を着て、そういう子供達にたまらなく優しく接するからだろうと思う。だがやがてこの子も世界の不公平さに気付き、ただ生まれた国が違うというだけでエジプトの国中を旅することができるほどのお金を持っている先進国の人間に対して、父親の行うこういった行為を、合理的で正当なものとして受け入れるようになるだろう。そのときのアフメッド君はもしかしたら、今のような輝く瞳を旅行者に向けてはくれないのかもしれない。
こうしてルクソールの観光は終わりを迎えた。バスの時間まではルクソール神殿を外から眺めたり、マックのハンバーガーをほおばったりして過ごしていた。この神殿には本来左右一対になったオベリスクがあったのだが、現在右側の一本はパリのコンコルド広場に立っている。そう言えばイギリスの大英博物館にはスフィンクスのあごヒゲがあったっけ。イギリス人の友人が「大英博物館には俺たちの先祖が世界中で略奪したお宝が展示されてるのさ。」って言ってたのをなんとなく思い出していた。
ルクソール神殿内部
時間がなくて入ってないんだけど外からでもこんぐらいは見れる。
オベリスク
神殿の正門前に本来2本一対で立っていたもの
神殿の正門前に本来2本一対で立っていたもの
オアシスに向かったときのバスよりは、ほんの少しだけど広くて清潔なバスに乗り込み、いよいよ念願の紅海はハルガダへと旅立った。驚くべきことに時刻通り午後4時に発車したバスに同乗していたのは、ロシアからの2家族と、単独旅行のヨーロッパ人女性推定50代、その女性を熱心に口説いている白人男性に、エジプト人男性と白人女性のカップル、そしてその彼にひたすら悪態をついているその女性の娘。
一人旅を続けていると、突然の孤独感に襲われるなんてーことは、名前の知らない花に出会うよりも頻繁に起こる。しかしそれはスコールの降りしきる熱帯雨林で叫び声を上げながら、服も脱がずに野池に飛び込む瞬間の無限の自由と比べればとても瑣末で、顔見知りの集団の中で感じる強烈な孤独よりははるかになんてことない。このバスの中でもそういう気分だった。
バスは思っていたよりも遥かに長い時間走り続け、最初の休憩所についた時には砂漠地帯特有の、星達の輝き以外全てを黒く塗りつぶしたような夜になっていた。長時間殻にこもっていたためかささくれはじめていた自分の心の扱いに手を焼きはじめたころ、ロシア人の少年が、トイレに向かった母親の姿が見えなくなった頃合いを見計らって、驚くほど流暢な英語で話し掛けてきた。
かなり長時間走り続けたあと、一度だけ寄った休憩所
「ねえ、ハルガタに行くの?」
「え?うん。そうだよ。君たちもそう?」
「うん。お父さんがハルガダで働いてるんだ。一週間ぐらい行くんだよ。ねえねえ、○○○って知ってる?」
「いや、わかんない。それなに?」
「僕ね、最近できるようになったんだよ。あのね...」
子供達っていうのはどうしてこうも人を癒すのだろう。この子達に見えていて、聞こえているものが大人になるに従って見えなく、聞こえなくなるのはどうしてなんだろう?この旅はほんとうに子供たちに癒されたー。後天的に獲得する価値観が、かれらのこの魔法を上書きしてしまわないことを願うばかりです。
バスは再び走り始め、暗闇の地平線に街らしき灯りが浮かび上がる瞬間を心待ちにしながら、ひとつ後ろの席のヨーロッパ人女性からムバラク政権の圧政ぶりを聞かせてもらうことができた。世界がもっとこの問題に目を向けて、外的効力を持って立ち向かわないといけないと彼女は言っていた。実際に自国の大使館に通い現状を訴え続けている彼女の発言には、とても説得力があったのを覚えている。奇しくも、日本に帰国してほどなく、決起した民衆の手によってムバラク政権は倒されることになるのだが。
こんな道が延々と続く
夜もすっかりと更けて午前0時をまわったころ、漆黒の地平線に突然、巨大な宮殿のようなリゾートが居並ぶハルガダの街並みが現れた。個々のリゾート施設がまるでディズニーランドなみの規模を持っていて、なんじゃこりゃああああ、なんて思ってるうちに、ついに今回の旅の最終地、ハルガダのバスロータリーに到着した。メトロ帽を被りながらバスを降り、すっかり硬くなった腰やじんじんと痛む尻をさすりながら辺りを見渡すと、ちらほらとタクシーが見えたのでそんなに焦ることもないかとベンチに腰を降ろした。一分とたたずにエジプト人男性が話しかけてきたのは予想通り。
闇夜に浮かびあがったハルガダの街
「ウホン。あー、俺はここのバスロータリーの責任者だ。これからどこに行くんだ?」
本人もさすがにこの嘘には無理があると思ってるのか、若干自信なさげだ。
「はっはっは。あんたが責任者?俺にはそうは見えないな。」
噂に聞こえた悪名高きハルガダのバスロータリーでは思っていたほどめんどくさいことにもならず、料金メーターのついたちゃんとしたタクシーを見つけて乗り込むことができた。助手席に座ると空車、賃走、回送を表示するためのボタンもついている。おおお、やっとまともなタクシーだー!
「どこまで行くんだ?」
「〇〇ってホテルに連れてって欲しいんだ。(地球の歩き方で安めのホテルを調べたぜ!)」
「わかった。」
そう言うと、こやつは空車表示のまま車を発進させた。まーそうなるよねー。
「おい。ちゃんとメーター回せよ。」
「メーターってなんだ?」
「それだよ。そこにある機械。ちゃんと賃走ボタン押せや。」
「どれだ?うん?ボタン?これか?これのことか?」
とか言いながら空車と回送を交互に押し始める、そのすっとぼけぶりには頭が下がる、けども!
「これを押してくれって言ってるんだよ。」
つって横から強引に賃走ボタンを押してやると、はあああ、なにすんだようって感じで値段交渉が始まった。車はかなりのスピードで走ったままだ。
「わかったわかった。じゃあいくらなら払うんだ?」
「20ポンドかな。」
これは地球の歩き方に乗っていたホテルまでの平均的な運賃。もちろん本が編集されたときと今が同じということはないんだろうけど、他にソースがないからしょうがない。
「20ポンド??冗談言うなよ。そんな金額でホテルまで送って行くタクシーなんていないぜ!」
「さあどうかな。いやならここで降ろしてくれよ。とにかく20ポンドしか払わないよ。」
「お前わかってないぜ。だいたいどのタクシーでもそこまで100ポンドはかかるんだ。こっからそのホテルまではかなり遠いんだ。」
「冗談じゃない。地図でみたけどほんの5kmぐらいじゃないか。」
「いやいやお前は間違ってる。もっと全然遠いんだ。」
車をかなり減速させて、低速で路肩によせながら交渉は続く。でも決して止めはしないんだな。なるほどな。
「じゃあ80ポンドでどうだ?」
「うるっさいなあ。ぜったい20ポンドだ。連れて行くか行かないかはあんたが決めてくれ。」
「いやしかし・・」
もうええわい!と走行中の車のドアを開けて、
「降りるわ。他のタクシーつかまえる。」
そう言って体半分ぐらい外に出たところで背後から「わかった!わかったよ!20ポンドだな?わかったから!」と言う声が聞こえた瞬間に、交渉は成立した。ちなみに本当に降りるつもりでした。:-)
結局のところホテルに到着したときの料金メーターは、20ポンドを少し下回る数字を表示していた。助手席を降りてドアを閉めると、窓の外から20ポンド紙幣と10ポンド紙幣、計30ポンドを見せつつ
「5ポンドはチップだよ。先に5ポンドのお釣りをくれ。」
と言うと、男はにやりと笑い、5ポンド紙幣を差し出した。これがこの旅で初めて、正規の値段で何かを購入できた瞬間だった。やったぜー!
チェックインを済ませると、通りを挟んだ向かいの小綺麗なレストランに入り、マルガリータと、よく知った洋食を頼んだ。アルケミストを読み進めながら暖かい食事を取り、翌日のために水着とビーチサンダルを買って部屋に戻ると、コンビニで買った缶ビールを開けて一口すすり、両開きで海向きの大きな窓とカーテンを目一杯開けた。久しぶりの潮の香りと心地よい風が部屋を満たし、ランダム再生していたiTunesから優しい歌が聴こえてきたその瞬間、突然に、涙がぽろぽろとこぼれた。
今、俺は間違いなくここで生きている。
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