ついに来たか。。
ネパールに来ようと決めてから、この瞬間がいつか来ることだけは分かっていた。それでもやはりなかなか勇気が出ない。このロッジには暖房がなく、一刻も早くパンツを上げて毛布にくるまらないと、翌日の体調を崩すことになるだろうという事実だけが、俺の背中を押してくれていた。
ここのトイレにはトイレットペーパーがない。たとえあったとしても、このトイレはトイレットペーパーを流せるようには出来ていない。ソッコーで詰まるのだ。そのため空港やホテルなどのトイレには、使用後のトイレットペーパーを捨てる専用のごみ箱があったりするんだけど、この山小屋にはもちろんそれもない。インドになかなか行けないのも、この、左手でケツを洗うという習慣に飛び込むのが恐ろしかったからだ。なんて臆病なんだ俺は。なんてこたあねえ。自分のケツじゃねえか。触れないなんてこたあねぇ。ふうう。いったれいったれー!
そうして旅は俺にまた新しい景色を見せてくれた。今ならわかる。なぜ左手は不浄の手なのか。そしてなぜこの文化圏の人は食事の際に右手しか使わないのか(地元の人たちはダルバートを手で食べるし、それは正直スプーンで食べるより旨そうだ)。わかる。俺にはわかるぜ。左手で喰ったら絶対腹こわすもんなこれ。
昨晩、牛と夕陽の写真を撮った後でふと、待てよ、湯のシャワーが出るって言うけど、それが本当に暖かいなんて保証はどこにもないぞ、陽が完全に沈んで気温が急激に下がる前にシャワーを浴びておくべきだ、そう思い部屋に戻ると、ああ、よかった。今日は頭が回っててよかった。体温より若干低めの、ぬるま湯と呼ぶには少し温度が足りないシャワーを浴びるのが、氷点下の気温の中でなくて本当によかった。全身の筋肉に力を入れて自家発熱をしながらシャワーを浴びる。歯はカチカチと音を立てるが、不思議と、今の日本ではなかなか味わうことのできなくなった不便さに再会できたことに、心は喜びの声を上げていた。きっと、なんだよこのシャワーつめてえよはやく日本帰りてえよこんな宿やだよ、なんて感じる人もたくさんいるんだろうけど、どうしてか俺はこっちの方が人間らしいよな、と感じたり、自分が旧来野生の動物だった頃の誇りのようなものが突き上げてきて、こういう時はだいたい笑顔になっている。ただしその後に訪れたトイレタイムは違ったけれど。
濡れた髪の先が氷りやしないかとヒヤヒヤしながら、大急ぎで体を拭き、持ってきた全ての衣服を着込むと、フードをかぶって晩飯を喰いに戻った。食堂では小さな子供が二人、おばあちゃんに髪をお団子にしてもらっている。その様子を、スキーウェアに身を包んだ、きっとこの宿のオーナーであろう大柄な御仁が、インドのテレビ番組を観ているふりをしながら優しい眼で眺めていた。食事を頼んでから小一時間経った頃に運ばれてきた、野菜中心のダルバートをかき込みながら、ここには時間をゆっくり使える贅沢や、持っていないことの自由さ、タイムラインに追い回されることのない生活があるんだな、と言うと、シンバはふん、そんな風に感じるもんなんだな、と男らしく答えた。
食事を終え部屋に戻ると、することがもう何もない。靴擦れの対策はもう思いついていたので、朝になったら作ろうと用意だけ済ませ、靴下も履いたまま布団に潜り込んだ。日の出は6時30分ごろのはずだ。目覚ましを5時にセットして、眠りに落ちた。
(↑夜明け前の部屋からの眺め)
部屋の窓からは谷を挟んで遠くヒマラヤ山脈がうっすらと見えている。窓のすぐ外にある大きな2本の木が、うすぼんやりと明るくなる空にシルエットになって浮かんでいる。シンバによるとこの木は幹が柔らかく、建材には適さないとのことだった。その2本の木は、正面にある木がやや高く、まっすぐ上へと伸びている。右側の少し背の低い木は、それでも精一杯太陽の光を吸収するべく、高い木の影をよける形で少し右へと曲がって成長していた。実際に触れ合ってはいないその2本の木が、お互いの存在で互いに影響されあっている様子を眺めていると、ああ、人の関係もきっとそういうことなんだろうなと思った。
太陽がいざ顔を出すその前には、いつも空が淡い乳白色に染まる。夜分には雨が降っていると勘違いするほど大きかったはずの、風に揺れる葉の音が、実はとても静かな夜にそう聴こえていただけだったと知る。カラスの一群が谷へ向けて飛び立つ頃、谷全体の生き物たちが自分と同じものを待ちわびていることに気づく。ある者はその興奮が抑えきれずに早めの歓声をあげている。遠くから昇る朝陽がヒマラヤの頂をまずは照らしだすと、ほどなくして夜と昼の境界線が水平になったころには、まるでライブの開演直前のような、野生の者達のオイコールがあちこちで巻き起こり、風に揺れる葉の音は、もはや意識を向けないと聴きとれないギターアンプのハムノイズのようだった。ちくしょう、Waiting For The Sunが聴きてえ。。iPodさえ忘れなきゃなぁ。
そうして、この世界のすべての生命の源である恒星・太陽が、名も知らぬ立ち木の向こうに現れた時、谷には祝祭のシンフォニーが響き渡った。知らなかった。彼らはこうして毎朝、自らの命を祝福しているのだ。その暖かな光を全身に浴びるとき、夜に生きるものはその一日の終わりを知り、厚い雲に覆われて陽の光を見ることができなかった日々の陰鬱ささえ、祝祭の盛り上がりの一部に変えているようだった。谷中の生き物たちがその命を声高く祝福するとき、少なくとも勘違いではないほどにははっきりと、自分もその一部であることを確信していた。
(↑部屋を出て、ロッジの端から眺めた朝焼け)
(↑朝焼けに照らされるヒマラヤ山脈)
朝食を終えると厨房からナイフを借り、昨日一日履いていた靴下の先に大きな穴を開けた。足を通しふくらはぎの下からくるぶしまでを覆うと、その上から新しい靴下を履く。次にトレッキングに出るときは、くるぶしソックスしか持ってこないなんて間違いはしないだろうな。やはり知識は経験と一体になっているべきだ。
トレッキング2日目、チサパニからナガルコットへの行程は約8時間、緩やかな下りを越えると、街や集落を通り、再び登りに入る。とはいえ初日のような高低差はないので、体力的にはずいぶんと楽だ。湿地帯を歩いた時に見た美しい池の姿は、この先もことあるごとに思い出すだろう。また時には小川と呼ぶにはあまりにも小さな流れを見つけては、都会にある人工的な自然も、最近はとてもよく出来ているんだな、なんてことを考えていた。まるで見た目は同じようだし、色も不自然じゃない。ただ決定的な違いは、この流れは誰が見ていなくとも悠久と流れ、たとえ人がここに道を作ることがなかったとしても、その変わらぬ美しさを、誰に誇るともなくただそこにあったということだ。
(↑この日の道中)
(↑それはそれは美しかった湿原と池。拡大すると中央に池が。ここにしばらく座ってました。)
(↑酸っぱいけどリフレッシングな木の実)
(↑ゴールは間近)
すっぺえ!と満面の笑顔で木の実を頬張るシンバとともに丘を抜け、大きな集落にたどり着いたところで、わかりきっていたことをあらためて聞いてみた。
「俺たちのペースってどんな感じなの?平均的にこれぐらい?」
「いや、俺たちは結構歩けてる方だと思うよ。時間も余裕だね」
「そうだよね。結構いいペースだから、時間あまりそうだなと思ってた」
「うん。夕暮れ前にはナガルコットにつけると思うよ。」
「そっか、じゃあさ、この村で俺にビール一杯付き合ってくれよ」
結局はこれが言いたかっただけなんだけど。:-)
地震の爪痕はそれこそそこらじゅうに見てとれる。弾ける笑顔で走り回る子供達の背後には、崩れたレンガが山積みになっている。人と自然。この国を今見ておきたいと思った直感を追ったのは正解だったみたいだ。今日の目的地であるナガルコットは、チサパニと比べるとずいぶん大きな集落で、高級リゾートホテルも続々と建設中だった。俺たちの宿も、2年前に地震で崩れたために、新築で立て直されたとても綺麗なホテルだった。前日のこともあり先にシャワーを浴びると、二日ぶりの熱いシャワーを浴びることができたが、なぜかちょっと物足りない気持ちになるのだった。
シンバと二人きりの夕食はこれが最後なので、食事後に少し二人で酒を飲んだ。暖房のない食堂で冷えたビールを飲むのはあんまり楽しいことじゃないのはわかっていたので、シンバおすすめのローカルリカーを頼んだ。穀物やハーブがどっさりと入った発酵した酒に、熱いお湯を注ぎ足しながら飲むトゥンバというお酒だ。シンバの目下の悩みはSNSに悪い評判を書き込まれて凹んでいることらしい。誰が書いたかもわかんねえコメントにいちいち付き合う必要はねえよ、俺の感想でしかねえけど、お前はいいガイドだよ、と言うと、本当か?それは本気で言ってくれてるのか?と言うので、日本人だって嘘ぐらい平気でつくけどよ、俺は今は嘘ついてないぜ、と言ってその夜の宴、つまりは、俺のはじめてのトレッキングに別れを告げた。(つづく)
(↑靴擦れ対策)
(↑宿に着いたとこ。バルコニーから)
さて、ここからは少し気分が悪い話かもしれない。それでも、この旅行記などを読んで自分も一人旅に出てみたいと考えてくれるような人のために、とても大切なことだと思うので書き残しておきます。
記事中のとても胸のすくような、美しい湿地帯の池に続く小径の入り口に辿り着いた時、そこには立ち塞がるように一人の男が立っていました。トレッキングの道中には軍の訓練場や、立ち入り許可証の発行所などがあり、トレッキングの行程に必要となる手続きに関わるオフィシャルな人たちはそれまでにもたくさん会っていたので、一目でその男がそういう類のものではないことは分かりました。日本でも酒場や街角で時折巻き込まれるのと同じあの空気を感じ取りはしたものの、現地のガイドであるシンバを見てその男はすっと横へ道を譲り、俺たちは何事もなくその小径を降りていくことができました。ただし、にこりともしないその男の脇を通る際、彼が背中側に回した方の手で隠していた大ぶりのマシェーテ(なた)を見ることができました。
旅はとても楽しいし、素晴らしい人たちに出会うことも多いけれど、世界中どこに行っても犯罪もあれば悪い人もいて、危険はどこにでもあるということは、決して忘れないようにしてください。俺はわりと無頓着にどこにでも突っ込んでいく質ではあるけれど、自らの身を無知ゆえに危険にさらすような真似をするほど馬鹿ではないとも思っています。笑顔で出された紅茶に入れられた睡眠薬で命を落とした旅人もいます。これは昏睡強盗が睡眠薬の量を間違えたケース。こういう旅をしていても、俺は実は一度もガードを下げたことはありません。鍵のかからない場所に置いた荷物を離れることも絶対になければ、打ち解けた相手と過ごす時でも財布やパスポートは別の小さなポーチに入れて体に巻いています。このマシェーテを持った男の正体は、いくら聞いてもシンバははっきりと答えませんでしたが、ネパールで急速に成長するツーリズムの中核である、年々増加するトレッカーを狙った山賊に命を奪われるケースも、ごくごく稀にではあるけれど発生しています。世界はそういう場所。もちろん日本も例外じゃなく。それでも世界を知りに出かけて行くことは、とても大切なことであるのと同時に、素晴らしい経験を与えてくれると思います。